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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)1823号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、そこで、被告らの責任原因の存否について、検討することとする。  (一) <証拠>を総合すると、つぎのような事実を認めることができる。

(1) 被告孫は、昭和三三年一〇月七日、門修を連帯債務者と定め、元金弁済日は昭和三四年一月六日、利息支払日は毎月末日とする約定で、原告に対し金五〇〇、〇〇〇円を貸した。ところが右貸金の回収が思わしくなかつたので、右資金につき債務不履行があれば、被告孫が代物弁済により本件土地建物の所有権を取得し、この場合には、門修も原告も本件土地建物の明渡義務を負担するという趣旨で、同年三月一一日、原告および門修と被告孫との間で、生野簡易裁判所において、前示のような内容の和解調書が作成された。和解期日には、原告と被告孫のみが出頭し、門修は出頭せず、原告において同人の代理をした。それでもなお、原告および門修は右賃金の弁済をしなかつたので、前示和解条項に従い、本件土地建物の所有権は昭和三四年四月六日の経過とともに、代物弁済により被告孫に移転した。そこで被告孫は、前示のとおり、同月一一日原告および門修に対する強制執行のため、生野簡易裁判所書記官より執行文の付与を受けたところ、原告より執行文付与に対する異議の申立がなされたので、塩見三俊弁護護士を代理人として右申立を争つた結果、同年九月一一日生野簡易裁判所は右申立を却下する旨の決定をした。そこで更に被告孫は、本件土地建物の明渡執行を執行吏に委任し、同月一四日執行吏が本件土地建物に臨場したところ、原告は本件建物に居住していたが、門修はすでに本件建物より退去しており、そのあとに門博が居住していることが判明したので、任意退去明渡しを促したのみで、明渡執行の目的は達しないで終つた。一方、原告は、前示のとおり、生野簡易裁判所の異議却下決定に対して、大阪地方裁判所に抗告し、被告孫も塩見三俊、松海武両弁護士を代理人として右抗告を争つていたが、同裁判所は同年一二月一四日、和解条項第二項に、「申立人は本件建物を代物弁済として所有権を相手方に譲渡し、直ちにこれを明け渡すこと」と記載されている明渡義務を負担する「申立人」とは、同人を指すのか和解調書の記載上不明確であることを理由に、原告の明渡義務に関する執行文を取り消し、右執行文を付した本件和解調書正本に基づく強制執行は許さないとする宣言をなした決定をした。被告孫は、抗告審の右決定に対し、高田喜雄弁護士を代理人として、前示のとおり、大阪高等裁判所に再抗告をしたが、同裁判所は昭和三五年七月四日、右再抗告を棄却する旨の決定をしたため、抗告審の決定は確定することとなつた(本件和解調書正本の執行文付与に対する異議事件、異議却下決定に対する抗告事件、およびこれに対する再抗告事件において、被告花房が被告孫の代理人でなかつたことについては、原告と被告花房との関係において、当事者間に争いがない。)。

(2) 抗告審の決定がなされた後、高田弁護士は生野簡易裁判所に対して、本件和解条項第二項にいう「申立人は」を「申立入門修は」と更正を求める申立をし、同裁判所もそのとおりの更正をし、右更正決定は当時確定したので、門修に対しては本件和解調書書正本によつて強制執行をなし得る状態となつたが、一方原告の明渡義務に関する執行文は取り消されたため、本件和解調書正本によつては、原告に対する明渡執行ができないというのが高田弁護士の見解であつた。このため、被告孫は自己の権利実現に協力してくれる弁護士を他に探し求めることにし、昭和三六年三月一日に弁護士である被告花房と面談して一件記録を示したところ、被告花房も、原告に対して本件和解調書正本を債務名義とする明渡執行をなすことは無理であろうという意見であつた。そこで被告花房は、原告に対しては所有権に基づき本件土地建物の明渡しを求める本案訴訟を提起することとし、その前提として、同月二日大阪地方裁判所に対して、被告孫を申立人、原告を被申立人とする、いわゆる現状維持の不動産仮処分命令申請をした(仮処分申請をしたことについては、原告と被告花房および被告国との関係において、当事者間に争いがない。)。ところが、右仮処分申請事件の担当裁判官は、なるほど原告の明渡義務に関する執行文は取り消されているが、債務名義である本件和解調書そのものはその効力を失つていないので、更に別訴を以て新たに原告に対する明渡請求をするとみれば、和解調書の既判力と牴触することになるおそれもあり、現段階ではたやすく右明渡請求を本案とする仮処分申請を認容するわけにゆかないけれども、本件和解調書正本に基づく原告に対する明渡執行の不能調書を疎明資料として追加提出すれば、或はなお右仮処分申請につき考慮の余地がありうるとの趣旨を述べて、右仮処分申請の決定を留保した。

(3) このため、被告花房は昭和三六年四月二〇日、門修、同人の承継人としてすべに承継執行文を得ていた門博、および原告の三名を執行債務者とする本件和解調書記載の土地建物明渡義務の強制執行を執行吏に委任することとし、執行立会人である池田貞通を被告孫の復代理人に選任し同人をして執行吏に対する直接の執行委任を被告孫のためになさしめるため、自己の事務所で事務員をしていた吉野美江に一件記録を池田のところへ持つて行かせた。その際被告花房としては、原告に対する関係においては右執行ができなければ、執行不能調書を作成してもらえばよいと考えていた。しかし、被告花房は池田に対して復代理の委任をなすに際して、原告の明渡義務に関する執行文が取り消されていることに注意を喚起させるに必要な指示を吉野に対して与えていなかつた。そのため、吉野は当時原告の明渡義務に関する執行文が取り消されているという認識を有していなかつたほどであり、池田に対して一件記録を交付した際も、これでできますから、と伝えただけであつた。また池田に交付された一件記録の中には、生野簡易裁判所による執行文付与に対する異議申立却下決定はあつたが、執行文を取り消した大阪地方裁判所の決定は含まれていなかつた。かくして池田は翌二一日、西堀幸治を使者として、被告花房から託された執行のための一件記録を大阪地方裁判所堺執行吏役場所属の執行吏米井辰夫の執行吏代理京屋新一のもとに届けさせ、同人に対して被告孫のためにする強制執行の委任をした。

(4) そこで京屋は、同日(金曜日)午後三時五三分より午後四時七分までの間、池田とともに原告方に臨場し、任意明渡方を催告するとともに、本件土地建物の占有関係を調査し、門修はすでに退去していること、門博も他に移転しているが、同人の荷物がまだ存すること、原告は妻末子、母ふさ、および五人の子供とともに本件建物に居住していることを認識把握した上、同日の執行は中止した。そして京屋は同月二四日(月曜日)午前七時五五分、再び池田の外人夫約二〇人とともに原告方に臨場して、原告、門博、および門修に対し本件和解調書正本を債務名義とする本件土地建物明渡しの執行に着手した。しかし被告は執行に立ち会わなかつた。同日午前八時頃、門博が連絡を聞いて駆けつけ、原告代理人金子新一弁護士より交付を受けていた、原告の占有部分には強制執行をしないよう要望した上甲書、および原告の明渡義務に関する執行文を取り消し、右執行文を付した本件和解調書正本に基づく強制執行は許さないと宣言した、大阪地方裁判所の決定正本のリコピーによる写しを執行中の京屋に対して提出したところ、右写しは正本であることの認証部分につき、裁判所書記官の署名および職印も、また大阪地方裁判所の庁印も、そのまま鮮明に復写されていたにもかかわらず、京屋は、右書面は執行の妨げにはならないと判断し、原告に対してもそのまま強制執行を続行した上、同日午前一〇時、本件土地建物に対する原告らの占有を解いてこれを被告孫復代理人池田に引き渡し、明渡執行を終了した(昭和三六年四月二一日京屋が本件土地建物の明渡執行の委任を受け、同日目的物件所在地に臨場したが、その日は明渡執行を中止したこと、同月二四日原告らに対して本件土地建物について明渡執行をしたこと、および本件強制執行の際、大阪地方裁判所の決定正本のリコピーが提出されたことについては、原告と被告国との関係において、当事者間に争いがない。)。本件強制執行に際しては、人夫一人が搬出された動産類の監視に当たつていた。搬出された動産類の中には、原告の妻らが内職として行なつていた紙箱の製品等も含まれていた。

(二) 右に認定した事実によると、本件和解条項中原告の明渡義務に関する執行文は、昭和三四年一二月一四日大阪地方裁判所が抗告審としてなした決定によつて取り消されているから、たとえ本件和解調書正本に原告に対する強制執行のための執行文が形式上残存しているとしても、法秩序全体の見地からみれば、本件和解調書正本を債務名義として原告に対し本件土地建物の明渡執行をなすことは、絶対に許容すべからざるものといわなければならない。もつとも、本件和解調書正本に形式上残存している原告に対する強制執行のための執行文も、民事訴訟法五六〇条、五一六条にいう執行力ある正本に該当すると認められるから、原告の明渡義務に関する本件和解調書正本の執行文を取り消し、右執行文を付した本件和解調書正本に基づく強制執行は許さない旨の宣言をなした大阪地方裁判所の決定正本を添附することなくして、本件和解調書正本のみを提山して原告に対する本件土地建物の明渡執行が委任された場合には、右委任を受けた執行吏としては、他に執行開始を妨げるべき事情が存在しない以上、委任の趣旨に従つた明渡執行に着手すべき職務上の義務を負担しているといわざるを得ない。

(三) そこでまず、被告孫の責任原因につき判断するに、右に認定した事実によると、被告孫は本件和解調書が作成された後本件明渡執行がなされるまでの間、明渡執行を完了させるため、弁護士を塩見、松浦から高田に、更に被告花房へと変えた事実を認めることができるが、本件土地建物に対する明渡執行が難行したのは、もともと本件和解調書を作成する際被告孫としては、代物弁済により本件土地建物の所有権を取得したときは、その所有者である門修のみならず、居住者である原告も本件土地建物の明渡義務を負担するというつもりでいたにもかかわらず、たまたま和解条項の文言に不備があつたため、明渡義務を負担している者が同人であるか和解調書の記載上不明確であるとして、原告の明渡義務に関する執行文が取り消されたことによるのであるから、この間の事情を十分に理解できない被告孫が、自己の権利実現のためつぎつぎに弁護士を変えた事実をとらえて、同被告に、法の許容しない本件強制執行をなす意思があつたものとは認め難いこと、本件和解条項第二項によつて、原告が本件土地建物の明渡義務を負うかどうかは、生野簡易裁判所とその上級裁判所である、大阪地方裁判所および大阪高等裁判所との間で見解を異にするほど右和解調書の記載内容がきわめて不明確であつたこと、また被告孫が本件強制執行手続の委任をする際、被告花房に対して、原告に対する本件明渡執行を強く要望したとは認められないこと、その外被告孫は本件強制執行に立ち会つてもいないこと等の諸事情を考慮すると、本件強制執行につき被告孫に過失があつたと認めることはできない。

したがつて、原告の被告孫に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(四) つぎに、被告花房の責任原因につき判断するに、右に認定した事実によると、被告花房は、本件和解調書記載の土地建物明渡義務につき原告を債務者とする執行文付与に対し原告より申立てた異議ならびに大阪地方裁判所が決定をもつて原告の明渡義務に関する本件和解調書正本の執行文を取り消し、右執行文を付した本件和解調書正本に基づく強制執行は許さない旨宜言をなし、右決定は既に昭和三五年七月四日確定し、これによつて原告に対しては本件和解調書正本を債務名義とする執行正本は存在しなくなつていることを熟知しており、これがために原告に対する明渡執行は不能となつたのではないかと判断していたのであるから、このような場合弁護士たる被告花房としては、池田を被告孫の復代理人に選任するに当たり、いやしくも執行吏において客観的にはなすべからざる強制執行に着手することのないよう、池田に対し大阪地方裁判所の右決定正本を交付したり、あるいは口頭または書面により右執行文取消しの事実に特に注意を喚起させるような具体的な措置を講ずる等して、執行吏の原告に対する強制執行を未然に防止すべき注意義務を負担していたものと解すべきところ、実際には被告花房は、吉野を通じて池田を復代理人に選任するに当たり、同人に対し漫然と本件執行に必要な書類を交付したのみで、右決定正本を交付せず、また執行文取消しの事実に特に注意を喚起させるような具体的な措置も何ら講じていなかつたのであるから、この点において被告花房には、原告に対する本件強制執行につき過失があつたものと認めざるを得ない。

したがつて、被告花房は民法七〇九条に基づき、本件強制執行により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務を負担しているといわねばならない。

(五) 更に被告国の責任原因につき判断するに、右に認定した事実によると、本件明渡執行の当日の午前八時頃、執行吏代理京屋が門博より提出を受けた、原告の明渡義務に関する執行文を取り消し、右執行文を付した本件和解調書正本に基づく強制執行は許さないと宣言した、大阪地方裁判所の決定正本の写しは、なるほど写しであつて決定正本そのものではなかつたけれども、その写しは単に正本を転写したものという程度のものではなく、リコピーによつて、正本であることの認証部分につき、裁判所書官の署名および職印も、また大阪地方裁判所の庁印もそのまま鮮明に複写されていたものであり、その写しによつて、決定正本の存在を容易に推知できるのであるから、このような場合現に強制執行をなしている執行吏代理としては基本たる執行正本の形式的存在が欠缺することを合理的に疑うべく、暫らく自ら執行手続の進行を事実上中止して適法な執行正本の現存するか否かを調査確認する措置をとるべき職責を有するに拘らず、右提出にかかる書面が写しであつて形式上民事訴訟法五五〇条一号の書面そのものでないとの一事を理由に漫然と原告に対する明渡執行を続行したのであるから、この点において京屋は、職務執行中の本件強制執行につき、過失の責を免れないものである。なお京屋は執行吏代理であるから、裁判所の職員ではないが、執達吏規則(明治二三年法律第五一号、昭和四一年一二月三一日廃止)一一条によれば、執行吏代理とは、右規定に基づき、執行吏が自己の責任において臨時にその職務の執行を委任した私人のことであるから、執行吏代理は私人であつても、執行吏の委任に基づき、国家権力の発動である執行行為を実施するものとして、国家賠償法一条一項に規定する、国の公権力の行使に当る公務員に含まれるものと解して何ら差支えない。

したがつて、被告国は国家賠償法一条一項に基づき、本件強制執行により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務を負担しているといわねばならない。

(日野達蔵 喜多村治雄 仙波厚)

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